ひえコラム 15

一本のヤクルト


久しぶりに東京で『降った』といえる程の降雪があった。
本日現在でも交通量の少ない路上は凍結している。
そんなコンディションの整わない路上でも
人々は歩き、漕ぎ、運転し、生活している。

ヤクルトレディも然りである。

私が私用を済ませる為駅に向かう途中
車通りの少ない小さな交差点で商品を満載にしたヤクルトレディが
凍結した路面に自転車のハンドルを取られ派手に転んだ。

商品は交差点に散乱した。

ヤクルトレディはひざをすりむき「痛い!痛い!」と
少し大袈裟ではないかと思うほど叫んでいた。
知らないふりして通過することもできたが
仕方ないので声を掛けてあげた。

「大丈夫ですか?」

「痛い!痛い!」

50歳前後の小太りで小柄なレディはまだ痛がっている。
私的な意見を述べさせていただけるのであれば
唾を付けておけば治るレベルの怪我だ。

「痛い!痛い!」

「あのー、痛いかも知れませんけど交差点にまで商品が
散乱してますので頑張って拾いましょうか?」

「痛い!痛い!」

「ほら、ヤクルトも、ジョアも、蕃爽麗茶も、タフマンも
散乱してますから拾わないと」

「痛い!痛い!」

私は少し語気を荒げ

「痛いのはわかりましたから、早く拾いましょうよ
タフマン売っている人がそんなヤワなことでいいんですか!」

ヤクルトレディは顔を上げた。
この一言がヤクルトレディの自尊心を奮い立たせたかにおもえた
しかし、ヤクルトレディは、私の顔を見てこう言った。

「あなた意外といい男ね」

「はい?」

「意外といい男ねって言っているのよ」

「なんで今ですか?」

「私だって女よ」

ラチがあかないので私は散乱した商品を一人で拾いはじめた。
おもいのほか商品が広範囲に散乱しており
拾っては2、3歩進み、拾っては2、3歩進みを繰り返した。
約50個は拾っただろうか、その間もヤクルトレディは商品を拾うことなく
私の後ろについてまわり「あんた意外といい男ね」を連呼していた。

わけのわからん人助けをしたが自分も人に助けられて今日がある。
人の思いやりがもっと連鎖すれば現在よりも
まともな未来がきっと訪れるはずである。

しかし、お礼がヤクルト1本とは・・・・

「私にとってヤクルトは命みたいなもんよ」

こう言って渡されたが、理解不能である。

ヤクルトを一気に流し込み、再び駅へと向かった。
きっと、L.カゼイ・シロタ株が腸内環境を整えてくれるだろう。



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