ひえコラム 10

歯磨き


恵子はとても笑顔が素敵な女性だった。

一人娘だったこともあり、恵子は、父親に大事に大事に、時に厳しく育てられた。
とくに厳しかったのは、歯磨きだった。
恵子は、夕食を終え、ソファーに身を沈めテレビを見る時間が好きだった。
しかし、悪い癖で、疲れてる日など、そのままソファーで寝てしまうことがある。
そんな時、きまって恵子を父親は起こしてくれる。
「風邪引くからベットで寝ろ」
渋々起きた恵子は眠さに負けて、歯磨きをサボりそのままベットで寝てしまう。
そうすると、さっきまで優しかった父親は、厳しい父親へとなる。
笑った時にきれいな歯だったらその笑顔は更に美しくなる。
しかし、歯がきたなかったら、その笑顔の美しさは半減する。
まして、虫歯になって、前歯が抜けてしまうようなことにでもなったら
その笑顔は、失笑を買うたけだ。
小さい頃から高校生となった今も父親は同じ事を歯磨きをサボった恵子に説く。そう、どこの父親だって自分の娘には美しくあってほしいものだ。

受験勉強の疲れのせいで、今夜もテレビを見ながら恵子は寝ってしまった。
いつも通り、父親に起こされた恵子は今夜も歯磨きをサボった。
昨日もサボって寝てしまった事もあり、二日連続とあって父親の怒りは尋常ではない。
恵子は、丁度、父親の存在が鬱陶しい年頃でもあり、歯磨きをしろ!としつこい父親にむかって「超ウザいんだけど」と暴言を吐き、睨みつけた。
その刹那、親父の拳は恵子の顔面にヒットした。

その夜を境に恵子は笑わなくなった。
父親に殴られた事がショックだからではない。
父親に殴られて恵子は前歯を失った。
恵子の笑顔は失笑を買うだけとなってしまったからである。



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