ひえコラム 18

尾行


新宿で飲んでいたらいつのまにか外は大雨だった。
店主が客の忘れていった傘をくれた。
店から新宿駅までは5分
素面のふりをして歩いた。

24時を過ぎた中央線は今夜もスシ詰め状態
高円寺・阿佐ヶ谷あたりでようやくスシ詰めから解放される。
西荻までもう少し

そんな車内でふと「野良ネコ達はこんな雨の時、何処にいるのだろう」
と考えた、わがホームタウン西荻は野良達の楽園でもある。
駅からわが家までの短い時間に少なくとも5匹は目にするが
雨の日は、さすがに1匹も見ない。

不快な満員電車を降り家路を辿る。
ネコが雨宿りしている姿を見たくなり
民家の裏庭の雨を凌げそうな場所や
シャッターをおろしたアンティークショップの脇
アパートとアパートの間なんかを見ながら帰っていたその時

「君はさっきからなにをしているんだね」

突然、後ろから呼び止められた。
振り返ると二人組みの警官だった。

あたかも犯罪者を見るような目つきに私は気を悪くした。
しばらく警官を睨んでいると
「君があやしいから、後をつけていたんだよ」
私は、更に睨む。

「いまだって、人の家を覗き込んだりしていただろ」

睨んでいるのが馬鹿らしくなったので
相手にせず再び歩きだした。

「待ちなさい」

少し強めの口調で今まで黙っていた
間もなく定年といったところだろうか
初老の警官がしゃしゃり出てきた。

「なにをしていたか答えろ、俺の長年の勘だと
空き巣か下着泥棒ってとこだが、どうだ?」

めんどくさいので正直に答えてやった。

「雨の日にネコがどこにいるのか独自に調査してたんだよ」

警官二人は顔を見合わせた。
若い方の警官は声にこそしなかったが

「こいつマジかよ」と唇を動かした。

「もういいか」

私は狼狽の色を隠しきれない二人にたずねた。

茫然自失の二人は返答できる精神状態になかった。

みたび、歩きはじめると。

「待ってくれ」

若い方の警官が私を止めた。

「それで、それで、ネコがどこにいるかわかったのか?

それだけは教えてくれ、これは警官としてではなく

同じネコ好きとして聞いている」

「いいや、ネコは誇り高き生き物だ
 雨宿りしている姿なんぞ、愚かな人間に見せるわけないだろう」

若い警官は一瞬笑顔を見せ、何度もうなずいた。

「お二人さん、もういいかい?」

「おう、悪かったな俺の勘も鈍くなってしまったようだ」

「たまたまだろ」

「いや、もう潮時だな」

「潮時でもなんでもいいけど、最近この辺は空き巣が多いんだよ
 そいつをとっ捕まえてからでも遅くねーだろ」

「いや、俺の管轄は新宿なんだよ
 この辺はこの辺のおまわりに任せるしかねぇ」

「新宿?」

「ああ、犯罪都市新宿だよ」

「じゃあ、なんで西荻にいるんだよ」

「そりゃ、お前を新宿から尾行してたからだよ」

この警官達は、何故、新宿のあの人ゴミの中から
私を見て『あやしい』と刑事勘なるもので判断し
わざわざ電車に乗り尾行してきたのだろうか?
しかも結果は、勘違い。

立ち去った警官達が早足で駅に向う後姿からは
犯罪から民を護っているという威信や矜持は微塵も感じとれなかった。

わが家は、もう目と鼻の先
なるべく雨に濡れぬよう
いつもより遅めの歩度。

しばらく歩いてるいると
「待ってくれ!」
先程の警官二人が走ってくる。

私の前で立ち止まり、息を整え
二人で声を合わせ、メロディアスにこう言った。

「終電なくなったから泊〜め〜て〜」



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