ひえコラム 2

おでん


近所のコンビニのレジに20才前後のかわいい娘さんがいる。その娘のレジにはいつも列ができている。色白の肌、黒目勝ちな瞳、「お待ちのお客様こちらのレジにどうぞ」と決して器量が悪いわけではない別の娘が客に気をきかせたところで、だれひとりとしてその列から外れようとはせず、かわいい娘さんのレジには、その時、既に、6人が列となっていた。
そして、その最後尾に私はいた。
私がもう少し若ければ、ダンスパーティーにお誘いすることも出来ただろうが、最近では残尿感と腰痛を患ってるせいでそんな気持ちにすらならない。ひそかに想いを寄せる程度である。
そんな娘のアドリブについて、今回、ペンを執らせて頂いた。
最後尾に並んでいた私の番が、いよいよ、次に差し迫った時である、あまり娘さんの顔をジロジロ見るのも怪しいので、レジ横の肉まんやおでんを見ていた。
小腹がすいてたのもあり、おでんがやたら旨そうに見えた。タマゴ、厚揚げ、大根、が買って欲しいと私にアピールしている。
そうこうしてるうちに遂に私の番が来た。
面と向かった私の胸の鼓動は耳に届いている。この言葉は日頃口にするだけでヘドが出そうになる程忌み嫌っているが、この言葉以外にこの時の私を表現する術を私は持たなかった。
ときめき、そう、私はときめいていたのである。歯の浮くような言葉だ。背中が痒いがときめいていた。
買い物カゴの中の食品にバーコードを通しはじめた娘の指は手タレのようにきれいだ。途中、スナック菓子にバーコードが通らず、何度も、何度も、バーコードリーダーをバーコードにあてがう事があった。そのひたむきな姿にうっとりさせられた。
この時が永遠に続けばいいのにとさえ思った。
「あと、おでんをもらえますか」
「はい、何にしましょうか」と微笑みかけられた私の緊張は最高潮に達していた。
「えー、厚揚げとタマゴを」
声がうわずってるのが自分でわかる。
「はい」娘はやさしく、厚揚げとタマゴをすくい上げた。
「以上で宜しいですか?」
「はい」と言おうとするすんでのところで大根を注文するのを忘れてることに気付いた。
そんな私の変化を瞬時に読み取った娘はにこやかに私の追加注文を笑顔で待ってくれている。この娘に愛されたい。
と、もはや、妄想とも呼べることまで頭をよぎりはじめた。
そんな馬鹿げた妄想を頭の中から追い払い早く大根を注文せねば・・・
「あと、追加で男根をひとつ」言った後で、自分がとんでもないことを口にしたことに気付いた。
「はい。ひとつですね」若干、間があったものの私の言い間違いに気を遣い、大根と察してくれたようだ。私は「ダンコン」と口走ったことで、もう娘を正視することは出来ずうつむいていた。
お会計を済まし、家路についた。
きっとあの娘は、私を、深夜に泥酔し、千鳥足で入店しては破廉恥な言葉を浴びせかける酔っ払いと、なんらかわらないとおもったに違いない。
家路を辿る足取りが重い。
もうあの娘にはあわせる顔がない。
家に帰る気にもなれず途中の公園でおでんを食べ始めた、厚揚げ、タマゴと食べ、最後の忌まわしき大根を濁った器の底から取り出した。しかし、箸でつかんだそのそれは、大根ではなく、ウインナーだった。
あの娘が間違えたのか、まぁ、私も「男根」と言い間違いしたのであの娘を責めることはできない。
粗挽きのウインナーは予想以上に旨かった。
いや、待てよ、間違いではなく、男根=ウインナーとあの娘なりに気をきかせたのではないか。
気のせいか、ウインナーのサイズも日本人成人男性の平均的なサイズだった。



Copyright (c) bien